人のふり見て我ふり直せ

人の好き嫌いって、誰でも少しはあると思います。こういう人は嫌いだとか、こういう人は好きだとか。でも、なぜなのでしょうか?好きな場合はさておいて、嫌いな人がいる場合を考えてみましょう。

1.嫌いだと思う理由

結論から言います。嫌いなのは自分の中に同じ要素があるからです。自分の中に同じ要素を持っていない場合には、好きとか嫌いとかの判断ができないからです。例えば、バナナがどんなものか知らない人がいるとします。その人は、バナナを見て何か感じますか?好きとか嫌いとか判断する以前に、何かわかりませんよね。つまり、自分のなかに何らかのデータがなければ判断ができないということです。相手を嫌いだと思うことは、他ならぬ、あなた自身がよく知っているそういう要素を持っているからなのです。自分が他人をどう見ているかを考えると、自己分析ができます。

2.人のふり見て我がふり直せ

相手に嫌な面があるため、相手に嫌悪の感情を持つことは、来世は、で説明したように、地獄へ生まれるカルマです。すでに説明したように、相手の嫌な面がわかるということ自体、自分自身が同じ要素(嫌悪という心の働き)を持っているということです。また、そのとき更に相手に対して嫌悪の感情を持つと、新たに地獄へ生まれるデータを増やすことになります。「人のふり見て我がふり直せ」とは、新たなカルマを積まないで、さらに、今後同じ間違いをしないように注意することを教えています。

3.我がふり直すにはどうする

まず、対象となる相手を見たら、相手に嫌悪の感情を抱くことなく、それは自分の中にあるのだと思うことです。それにより、相手に対して悪感情を抱かなくなります。むしろ、それを教えてくれて感謝するくらいになったら最高です。そして、その反省から、今後そういう心の働きを持たないように努力します。そうすると、相手に対しての見方が変わります。実は、深い反省は自分のデータベースのデータを無力化してしまうことさえあります。そして、相手に対する見方が変わると、自然と相手との関係も変わります。例えば、相手からあなたへの接し方が変わったり、あなたがと相手が同じ環境にいなくなるといったことです。

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