なぜ生まれたか?で説明したように、
生まれた理由は、
過去の行為(カルマ)を清算するためです。
過去において播いた種を刈り取るためです。
過去の行為を清算するために、
人間界に生まれた私たちが、
人間界で清算する要素のみを持っていて、
この人間界でそれを清算した場合には、
清算が終わったときに死にます。
この場合にはもはや清算すべき
過去の行為が存在しないため、
過去の行為の清算のために
どんな世界にも生まれ変わることはありません。
こんなことがあったら、それはそれは、大変めでたいことです。
清算すべき過去の行為(カルマ)がないため、
それを清算するための世界が存在せず
生まれる必要がないからです。
ところが、人間として生まれて、
人間として生きながら過去の行為を
清算をしている間にも、
私たちはこの人間界で、
たくさんの新たな行為をします。
つまり生きているだけで
様々な行為をしています。
この人間界に生まれて
何らの行為もしなければ、
人間界で経験しなければならないことを
経験した時点で、 過去の行為の清算がなされます。
しかし、日々の様々な行為が、
新たな清算をするべき要素となって
蓄積されます。
したがって、人間界で死を迎えたときには、
何らかの清算すべき過去の行為が
残ってしまいます。
だから、私たちは死んだ後に、
死んだ時点で持っている
この人生での行為を清算すべき
世界に生まれ変わるしかないのです。
これが生まれ変わりがある理由です。
考えてみてください。
生まれ変わりがなく、
全ての人が同じ条件で、
この人間界に生まれていたのならどうでしょう。
お金持ちと貧乏な人、
幸福な人と不幸な人が
いるのはなぜでしょうか?
それは過去の世界での行為が
それぞれ異なっていて、
この世界で受ける
過去の行為の清算が、
それぞれ異なるからに
他ならないのです。
過去の世界で良い行為を
清算しないまま死んだ魂は、
この世界でそれを清算するために
例えば幸福になるし、
過去の世界で悪い行為を
清算しないまま死んだ魂は、
この世界でそれを清算するために
例えば不幸になるのです。
その生が終わるときに、
過去の行為の全てを
清算しつくしている
ほんの僅かな魂を除いて、
殆どの魂が生まれ変わると
考えられます。